日本のムスリムが日本共通ハラール基準設立を目指す理由
Salam Groovy Japanを運営するジェイ・ラインのマレーシア法人JL Connect Malaysiaでイスラム市場進出支援に携わっている橋本です。
日本で開催された日本独自の共通ハラール基準設立を目指すセミナーに、パネリストとして参加しました。このセミナーは、市井の日本人ムスリムによって主催されたものです。日本産業界でハラールが広く認知され始めたのは、2010年代前半だと思います。その後、インバウンドや政府の東南アジア向け輸出振興策等によって、注目が高まってきました。今になってなぜ、日本のムスリム達が日本独自のハラール基準設立を目指すのでしょうか。
世界共通ハラール認証が無い理由
日本企業から「なぜ世界共通ハラール認証はないのか?」「世界共通ハラール認証があれば輸出がもっと楽になるのに」という声を耳にします。ハラール産業に参入を希望する企業、特に製品輸出を目指す企業は、国ごとや個々人のムスリムごとに異なるハラール基準に、戸惑う事も多いと思います。
以前にある企業から、ハラール認証を3回取得した話をお伺いしたことがあります。この企業は、ドバイへの製品輸出を目指していました。そのため、ある国内ハラール認証を取得してドバイの展示会に臨みました。しかし現地では、現在の認証ではドバイに輸入できないと言われ、帰国後に別の認証を取得しました。その後、東南アジアからも引き合いを受けたのですが、既に取得した2つの認証ではハラール商品として輸出できないことが判明し、3つ目の認証を取得したそうです。
ハラールの原則は世界共通
世界の国ごとにハラール認証が存在するため、日本では、地域ごとにハラールの原則が異なると理解している方も多いようです。実際には、ハラールの原則は世界に一つしかありません。ハラールは、預言者ムハンマドが神からの啓示を受けて人間に伝えたものです。ハラールかどうかを決められるのは、神だけです。つまり、ハラールの原則は世界に一つしかありません。
ハラールの実践は地域それぞれ
一方でハラールの実践は、地域ごとに異なって見えます。イスラム教は、西暦610年にアラビア半島に興りました。その当時、ムスリムはアラビア半島を中心に住んでいました。現在は、アフリカ、中東、中央アジア、南アジア、東南アジア等の世界の様々な地域で生活しています。
現在のムスリムの生活環境は、それぞれの国や地域の社会、文化、人種、食、経済発展状況等によって異なります。そのため、それに強く影響を受ける日々のハラールの実践も、異なって見えるのです。例えば、隣国同士のマレーシアとインドネシアの食を比較すると、マレーシアではインドの影響を強く受け、インドの香辛料やカレーが一般的です。インドネシアでは、一部の地域を除いて、マレーシア程の影響は見られません。
日本のハラール基準の現状
現在マレーシアやインドネシアでは、商品や製品のハラール基準について、国が一元的に管理しています。一方日本では、多くの私的認証団体が、それぞれに基準を設定し管理しています。それらのハラール認証基準は、海外の認証基準に準拠していることがほとんどです。
日本のハラール産業はマレーシアやインドネシアに後塵を拝しており、ハラール産業先進国の基準に準拠せざるを得なかったという事情があります。そのため日本の認証団体の多くは、マレーシアやインドネシア等の基準に準拠することによって、自らの正当性を担保してきたのです。
日本のハラール産業の課題
ハラール産業の最も大きな部分を占めている食品についてマレーシアやインドネシアと比較してみると、日本と同様に米を多く消費したり日本食が持ち込まれ現地化したりしていることもあり、たくさんの共通点を見つける事も可能です。しかしながら社会や経済状況に目を向けてみると、異なっている部分も少なくありません。
日本、インドネシア、マレーシアのムスリム人口
国 | ムスリム人口 | ムスリム人口比率 |
インドネシア | 約2億3,406万人 | 89.7% |
マレーシア | 約2,276万人 | 69.9% |
日本 | 約20万人 | 0.16% |
特に人口と市場規模については、マレーシアやインドネシアと大きな違いが存在します。日本に暮らすムスリム人口は、非常に小さいのです。そのため日本社会や産業には、ハラール性を保つ仕組み(エコシステム)やそれらを担保する十分な市場を持っていません。
そのため、マレーシアやインドネシアのハラール基準を日本市場に適応しようとしても、どうしても無理が生じてしまいます。例えば、マレーシアのハラール認証基準では、2名以上のムスリム従業員の正規雇用が義務づけられています。日本でそれを実現することは、経営的にも人材的にもまだ難しい状況です。
日本独自の共通ハラール基準が必要な理由
既に述べたように、ハラールの原則は世界共通ですが、その実践はそれぞれの地域や国で異なります。そのため、海外のハラール産業先進国のハラール基準をそのまま日本に適応しても、うまく機能しないのです。これが、日本の社会、産業、食文化等に基づいた日本独自のハラール基準が必要な理由なのです。
課題はエコシステムの確立
日本のハラール産業の最も大きな課題は、市場規模が小さい事によるハラール産業全体のエコシステムが成立しにくい事です。ハラール基準だけでなく、産業知見の蓄積、人材育成、学術研究等も不足しています。
例えば、日本企業からは、ハラール産業への参入にあたって、地元のムスリムやモスクと相談しているから大丈夫との話を聞くことがあります。しかしマレーシアやインドネシアでは、産業に関することについては専門コンサルタントに指導をお願いすることが常識です。なぜなら一般的なムスリムやモスクは、企業を指導できるだけの産業的知見を十分に有している、と考えられていないのです。地元のムスリム社会は、あくまでも消費者として捉えられています。
現在の日本のハラール産業の弱みは、この点に集約できるのではないでしょうか。しかしこれは、産業の課題に留まりません。日本のハラール産業の発展は、日本在住のムスリムの日常生活の質の向上をもたらすからです。日本でも、ムスリム人口や旅行者の増加が見込まれています。このような時期だからこそ、日本独自の共通ハラール基準の確立が、非常に重要な課題として浮上しているのです。
参考
OIC
外務省
店田 廣文 (2019) 世界と日本のムスリム人口 2018年 人間科学研究 第32巻第2号 253-262
Groovy Japan運営会社のマレーシア法人JL Connect (M) SDN BHDのディレクターと、JAKIM戦略パートナー企業のコンサルタントを兼務。
2010年に日本果物のドバイ輸出事業に参画したことからイスラム市場との係わりが始まり、その後マレーシアとインドネシアを起点に現地企業家との事業を行う。訪日ムスリムツアー企画と現地営業、日本と東南アジア間でのビジネスマッチングやマーケティング等を経験する。
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